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2010年3月 2日 (火)

犠牲の上に生きること

いまの人はみんな人間の命を食べて生きている。戦争で死んだ人の
命を食べて生きている。戦争に反対して殺された人の命をたべて生
きている。平気で命を食べている人がいる。苦しそうに命を食べて
いる人もいる。
灰谷健次郎『兎の眼』より
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父親が死んだとき、父親の生命保険である程度不自由なく生活できた。
そのとき、自分は父親の命を食べているような気がした。人の命を
犠牲に自分が生きているという感触だった。口のなかがざらざらと
ざらつくような感触。その感触をずっと持ち続けるのかと思った。
でも、人はなにかを犠牲に生きている。何かを犠牲にしないと生きて
行けないのかもしれない。だから、一人では生きていけない、という
ことだ。見えなくても自分の犠牲になっている人たちがたくさんいる
ということだ。

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