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2010年5月

2010年5月22日 (土)

深さについて

むずかしいことをやさしく
やさしいことをふかく
ふかいことをゆかいに
ゆかいなことをまじめに
書くこと

井上ひさし
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文章を書くこと
人に伝えること
物事の深さ
それをあらためて考えさせられることばです


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2010年5月21日 (金)

絶望するな。

元気で行かう。絶望するな。では、失敬。

太宰治『津軽 』より
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太宰に絶望するな、といわれても
ともおもうのですが、
太宰は人一倍絶望したくないと思っていたのではないのか、
と思います。
元気で行きたかったのだと思います。
でもカラダとココロが元気に行けなかった。
ことばは太宰そのものです。

太宰のことばはやさしい。

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2010年5月20日 (木)

真っ当

「運」の質を決定づけるのは、紛れもなくそれらの行動や考え方に
どれだけ「真っ当」さが含まれるかによるからです。

桜井 章一『運に選ばれる人 選ばれない人 』より
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最近、真っ当、ということを考えることが多い。
真っ当に仕事をすること
真っ当に人とつきあうこと
真っ当に生きること
何事も真っ当にしようとするとけっこうしんどい
でも真っ当にしないと自分に力がつかないし
真っ当にすることが一番強い
そう考えれば、
運の質が「真っ当さ」に関連してくるのは
当然のことなのかもしれない

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2010年5月18日 (火)

当事者意識はあるか

不満分子で終わってはいけない。

寺島実朗
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組織に所属している限り「不満」は、
多かれ少なかれ生まれるものではないかと思う。
その時に、その不満を訴えるというのもアリなのだと思うが、
不満を言い放つだけで良いのか、ということだ。
自分は確かにその組織の中でどうこうできるような
立場ではないし力もない、
だからといって、不満をなんとかしてくれ、
と言っているだけでよいのか。
そういう状態について、いつもどこかで違和感をもっていた。

少なくてもその組織に所属しているのであれば、
いくら力がないといえども、自分もその組織の一部なのである。
そうだとすれば、
他人事のように「どうにかしてくれ」でいいのか。

不満分子で終わってはいけない、ということばは
会社や地域、国や家族にもあてはまりはしないだろうか。
その中に所属しておきながら、
さも自分はそのなかにいないかのように
不満だけを言い放つのはいかがなものだろう。
結局、不満を言っているだけでは何も進まない。
自ら当事者意識を持つことで、
思考や行動が変わるのではないか。

このことばは、
最近の世の中にも当てはまるし、
自分自身にも痛いことばでした。
当事者として考え行動しているか、
と自分に問いかけなくてはいけません。

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2010年5月16日 (日)

さみしさの解決法

あのね、自分のさみしさにかまけていると、
さみしさはなくならないよ。
そういうときは他人のために何かするんだ。
ボランティアでもアルバイトでも。
そうやって自分を他人とシャッフルして忙しくする。

谷川俊太郎『ほぼ日刊イトイ新聞ー谷川俊太郎質問箱ー』より
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谷川さんの答えは、
胸の中に沁み入るものが多い。
質問に「答えている」というよりは
質問を抱える気持ちに「応えている」という感じがする。
自分の抱く質問自体を考え直させるような
そんな答えに涙が出そうになることもある。

人は自分以外の人との関わりの中で生きていくもので、
自分以外の人のことを考えることで
自分の位置を確認しているのかもしれない。
あまりに自分のことばかり考えすぎると
自分の立ち位置がわからなくなって道に迷ってしまうのが
さみしさなのかもしれないなぁ。

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